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   書き出しは小説の顔! 読まれるためにキメてく、文豪書き出しカタログ

南野 一紀 

 0 . イントロデュース

 みなさんは作品を書く時、書き出しに困ることってありますか?

 私は書き出しにこだわるタイプなので、どんな書き出しにするかをよく考えて、書きます。

 四年前に海音寺潮五郎記念銀杏文芸賞エッセイ部門佳作を受賞したのですが、鹿児島県の伊佐市まで遠路はるばる授賞式に出た際、審査員の一人が「書き出しで読まれるかどうかが決まってしまうことが多いので、賞に投稿する場合でもなんでも、書き出しはこだわったほうがいいです」ということを話していました。

 お笑いの漫才やコントのネタも、最初の一言、二言とか、はじめのボケからオチまでを「ツカミ」と言いますが、ここでシラけると見る側の気持ちは遠のいて、ぜんぜん見てもらえないそうです。

 文学の「ツカミ」が書き出しになるわけですが、名前を知らない作家の作品は、大半の人、出だしがつまんないと読まないんじゃないかと思います。だって、人間、やることが多いので、名もない作家の作品なんて読んでる時間ないですからね。

 書き出しのパターンというのもいろいろあり、工夫の余地があるのですが、今回はその中でも重要な帰納法と演繹法の話をしていきます。

   目次

  0 . イントロデュース

1.帰納法 特性

 2.宇佐見りん 『推し、燃ゆ』

 3.村上春樹 「トニー滝谷」

 4.太宰治 『ヴィヨンの妻』

 5.演繹法 特性

 6.アントニオ・タブッキ 「Forbidden Games 禁じられた遊び」

 7.石原慎太郎 『太陽の季節』

 8.ホメロス 『オデュッセイア』

 9.オリジナリティについて

1 . 帰納法

 帰納法は特殊からスタートし、普遍へと向かっていく方法です。

 わかりやすく言えば、具体的な日常のことやその人特有の体験をベースに書き出し、どんどん抽象的な話に進んでいくやり方です。

 このやり方は日常で起こったことや、その人固有に起こったことについて、なぜこうなのだろうと考え、普通はこうだよなと、思い至るのが基本で、日常や個人的な考え事に問題意識を置くことが多い人はこの書き方をオススメします。

 読者にもわかりやすく、親しみやすいはじまり方なので、受け皿が広いのが特徴です。

具体例はたくさんありますが、いくつか挙げます。

2 . 宇佐見りん 『推し、燃ゆ』

 推しが燃えた。ファンを殴ったらしい。まだ詳細は何ひとつわかっていない。何一つわかっていないにもかかわらず、それは一晩で急速に炎上した。寝苦しい日だった。

宇佐見りん 『推し、燃ゆ』より 

 推しとの距離感、あるいは、心のうちに抱えた推しへの情熱と現実の距離、距離を置かなくてはいけない現実。遠い自分の中の中心人物への想いは伝えることができないということが見事に言わずに表現されている書き出しですね。

3 . 村上春樹 「レキシントンの幽霊」

 トニー滝谷の本当の名前は、本当にトニー滝谷だった。

 彼はその名前(戸籍上の名前はもちろん滝谷トニーとなっているわけだが)と、いくぶん彫りの深い顔だちと、縮れた髪のせいで、子供の頃にはよく混血児と間違えられたものだった。戦後間もないころだったから、世間にはアメリカ兵の血が半分混じっている子供たちが数多くいたのだ。

 主人公と時代の説明から入って、読者に人物と時代背景を理解してもらう手法をとっています。物語小説であることを読者に印象付ける語り口、名もなき個人の精神的成熟の記録の書き出しとしてはピッタリです。

村上春樹 『レキシントンの幽霊』所収「トニー滝谷」より

4 . 太宰治 『ヴィヨンの妻』

 あわただしく、玄関をあける音が聞えて、私はその音で、眼をさましましたが、それは泥酔の夫の、深夜の帰宅にきまっているのでございますから、そのまま黙って寝ていました。

太宰治 『ヴィヨンの妻』より

 冒頭の一文だけで、酒好きのそそっかしい夫が、奥さんに呆れられているということがわかるだけでなく、少し滑稽みの中に悲哀が感じられるいい書き出しです。

5 . 演繹法の特性

 それに対し、演繹法は普遍からスタートし、特殊へと向かっていく方法です。

 わかりやすく言えば、非日常のことや普遍的で大きな体験や思弁をベースに書き出し、どんどん具体的なことに挑むやり方です。

 このやり方は高いレベルの議論を中心に据えて書きたい人や、人に抽象的なアイディアを届け、多くの人の心に残したいという人にオススメです。

 いくつか具体例を挙げます。

6 . アントニオ・タブッキ いつも手遅れ』所収「Forbidden Games(禁じられた遊び)」

 マダム、ぼくの大切な「友」へ、

 物事はどのように進んでいくのか。そして何に導かれるのか。なんでもない些細なことだ。これはぼくが読んだ言葉だ。そしていま、ぼくはこの言葉について考えている。探しているのはぼくらなのだろうか、あるいはぼくらが探されているのだろうか。このことについても考える必要がある。たとえば、夜になると道やカフェをさまよう人がいる。不眠に苦しむぼくがよくそうするように、行き当たりばったりにさまよう。

アントニオ・タブッキ 『いつも手遅れ』所収「Forbidden Gamas(禁じられた遊び)」

 マダムに対する手紙の体裁で始まっていますが、書き出しからひどく哲学的な言葉が並んでいて、物事が前に進むことと、探すことと探されることが密接に関係しているという哲学的発見が夜の散歩と絡めて書かれています。善き人を探すことをやめた瞬間、人間の内面は進まなくなると言いたげですね。ロマン主義的な甘いタッチの書き出し、世界最高峰の文学作品でしょう。

7 . 石原慎太郎 『太陽の季節』所収表題作

 竜哉が強く英子に惹かれたのは、彼が拳闘に魅かれる気持と同じようなものがあった。

 それには、リングで叩きのめされる瞬間、抵抗される人間だけが感じる、あの一種驚愕の入り混った快感に通じるものが確かにあった。

石原慎太郎 『太陽の季節』より

 石原慎太郎が日本文学史の最高峰に躍り出るべく執筆した、言わずと知れたデビュー作ですが、大胆で華々しい書き出しです。究極の美学というのは、常に不幸を伴うものであり、勝利敗北の意義深い解釈が内包されているよき一文です。

8 . ホメロス 『オデュッセイア』

 ムーサよ、わたくしにかの男の物語をして下され、トロイエ(トロイア)の聖なる城を屠った後、ここかしこと流浪の旅に明け暮れた、かの機略縦横なる男の物語を。多くの民の町を見、またその人々の心情をも識った。己が命を守り、僚友たちの帰国を念じつつ海上をさまよい、あまたの苦悩をその胸中に味わったが、必死の願いも空しく、僚友たちを救うことはできなかった。

ホメロス 『オデュッセイア』より

 ダンテ『神曲』と並んで世界最高峰の文学作品として名高い本作ですが、高貴に生きることの意義、世界の中心性の意義、存在の悲劇性とその美学の超本質を超えて、人間の枠組みを超越した世界の原動力の核心に迫る一文です。ダンテ『神曲』とは違い、なぜではなくいかにを問う本作。英雄・モデルがこの世に美しい観念世界を創出させることが、人間のすべてであるという世の中の奥義が凝縮された至上の書き出しでしょう。

9 . オリジナリティについて

 ぜひ文芸創作をする方は、参考にしてみてください。

 文化系の創作でも、スポーツでも、語学でも、最初は理想の人物のマネから入るといいということは口を揃えていうことです。もちろんある程度、実力がついたら、マネだけだと評価はされづらいですので、独自のアイディアや文章のタッチを盛り込まないといけないですが。

 いずれにしても、コトノハはあなたの文学ライフを陽気にサポートします。もし興味がありましたら、他の記事もぜひ読んでください。

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了 

参考文献

宇佐見りん 『推し、燃ゆ』 河出書房新社
村上春樹 『レキシントンの幽霊』 文藝春秋社
太宰治 『ヴィヨンの妻』 新潮社
アントニオ・タブッキ 『いつも手遅れ』 河出書房新社
石原慎太郎 『太陽の季節』 新潮社
ホメロス 『オデュッセイア』 岩波文庫

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