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タイトルは顔と心

中上 紀 

 先日、コトノハ文学教室にて、はじめて「読書会」の講師を担当させていただいた。読書会で取り上げる本は受講生の希望を取り入れつつ、主催者の南野一紀氏が厳選する。今回は作家・保坂和志氏のデビュー作「プレーンソング」だった。プレーンソングは、英語で書くとplainsongで、プレインソング、と発音するPlainsongは、音楽の用語で、「単純な歌」という意味があり、グレゴリオ聖歌(中世の西方教会で歌われた一声の聖歌)の一種として、キリスト教の諸教会で歌われているそうだ。語源は、ラテン語「カントゥス・プラーヌス」に由来するらしい。小説の内容には宗教的な要素は絡まないが、タイトルの響きの美しさが、描かれた当たり前の日常がどれほどまでに尊いか、二度と戻ってこない日常の儚い一瞬への賛美にも思える。

 タイトルは、作品の顔だ。私は自分の作品のタイトルをつけるにあたって、次のことに気を付けている。まず、直感を大切にすること。タイトルを決めないまま原稿を書き進めることがほとんどであるが、たまに、このタイトルをつけたい、と思って書くこともある。自分の作品で言うなら、『天狗の回路』だ。天狗という言葉を、ずっとタイトルに入れたいと思いながら書いていた。天狗は、主人公の女性が会ったことのない実の祖父のイメージであった。祖父は女性から女性へと飛び回る天狗のような存在だった。天狗のもともとの語源は流星という意味があったそうだ。中国では流星は不吉を意味していた。日本では堕落した修験者が天狗になったと言われているらしい。直感を大事にするが、言葉の深い意味まで掘り下げ、とことん愛着を持つ。これはぜひおすすめしたいスタイルである。

 とは言え、デビュー作、『彼女のプレンカ』は、最後までタイトルが決まらなかった作品の一つだ。公募に応募する作品ということで、親しみのある言葉で、かつインパクトのある響きであるべきと考えた。「プレンカ」はインドの言葉の一つで、「ブランコ」を意味する。作品の中では、タイ北部の少数民族アカ族の女性が年に一度の祭りの時に乗るブランコが登場する。このブランコは、主人公をその村に引き付けるキーワードでもある。私がこの作品をタイトルを決めないまま書き始めたが、書くに至った経緯がまさにブランコに関わるものだった。タイ北部のチェンライという町で少数民族博物館を訪問する機会があり、観光客向けに上映されていたビデオの中で、アカ族の女性たちが伝統のブランコに乗っている様子があった。ブランコと言っても、細長い板の上に腰かけるように座り、両側につるされた綱ないし鎖を手でもって足で漕いだり後ろから押してもらったりする、街中の公園にあるようなそれではない。山の上の広場の真ん中に高い木柱を三本交差するように組んで、その真ん中から太い綱をつるしただけのものだ。腰かける板などはなく、綱を股に挟み、両腕で抱き着くようにしっかりと支え、飛ぶのである。そこは山なので、飛んだ先の眼下には崖がある。だが、崖は空へとつながり、空は世界へとつながっている。その様子を見た時の衝撃といったらなかった。

 小説を書き終えた時、改めてその体験を振り返った。やはりブランコのことをタイトルに入れたいと思った。だが、そこからが大変だった。日本語でのブランコは、公園のブランコのイメージしかない。子供向けの絵本のように思われるのが嫌で、それでいろいろと言葉を調べた。タイの言葉も調べたが、一番しっくりと来るのがインドの言葉であるプレンカだった。古来インドではブランコはプレンカ(prenkha)と呼ばれ、ヒンドゥーの儀礼に使われていた。プレンカは太陽や風と同一視され、太陽呪助、豊穣多産、天地媒介などの意味があったという。まさにこのブランコはそれに近いものだと思った。それに、何と言っても響きがいい。ひょうひょうと風の向くままに旅する女性をイメージさせる。

 タイトルがどんなに良くても、中身の小説が良くなければ意味がないのはわかっている。だが、魂のこもるタイトルは、見た瞬間に、読み手の心を掴む力を秘めていると個人的には思う。それは神頼みのようなものだが、書き手に出来る最大限の工夫は惜しまずにやるべきだ。たとえば、私がプレンカに「彼女の」をつけたのも、サービスのようなものである。同世代の女性に読んでほしい、という願いが籠っている。当時の私の同世代、すなわち二十代半ばから後半にかけての年代は、若いが、大人としての責任も求められ、一番迷っている時期でもある。もちろん、そんなことを考えながら小説は書いていないが、タイトルをつけるときは考えた。なぜなら、私の小説を出来るだけ多くの人に手に取ってほしいから。タイトルは作品の顔であると同時に、作者が読者のことを思う心でもある。

 このコトノハ文学教室に関わらせていただいて、改めて創作をするということの奥の深さを感じるようになった。十数冊出した小説の一つ一つにはそれぞれの創作方法がある。やってきたことの一つ一つに、言葉を与えて、悩める人たちに伝えることが出来、少しでも参考になったと言ってもらえたら、とても嬉しい。また、そのプロセスによって私も多くを学ぶだろう、いや、学びたい。



了 

参考文献

保坂和志 『プレーンソング』 初版 2000年 中公文庫
中上紀 『天狗の回路』 初版 2017年 筑摩書房
中上紀 『彼女のプレンカ』 初版 集英文庫

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